惜別のラストラン

牧場のおばちゃんが戸を叩く音で目が覚めた。搾りたての牛乳を持ってきてくれた。濃厚であったけれど口当たりが良く飲みやすかやった。今日は小樽まで行く予定だった。それでこの旅は終わりだった。
東京を出た頃に旅の目的地を小樽に決めた。浅草で会ったおじいさんの出身が小樽だった。おじいさんの故郷で終えることが、この旅を象徴しているように思われた。もう一つ、小樽からは舞鶴へと向かうフェリーが出ていた。
相変わらずの曇り空だった。
「最後なのだから、晴れてくれよ。頼むから」
願いはむなしく、昼前から大粒の雨が降りだした。小樽まで60キロの町にあるコインランドリーで足止めを食らった。雨が上がり走り出す。足元を見て息を呑んだ。見上げると雨上がりの空に虹がかかっていた。それが水溜まりに映っていたのだった。
小樽へとペダルを漕ぎながら、胸の中には色々な思いが去来した。 続きを読む: 惜別のラストラン

広告

雨、ときどき晴れ

「どの店にしよか」
店頭に並ぶ魚の生臭さ。呼び込みをする大将の声。函館の朝市は観光客でごったかえしていた。
昨日、ライダーハウスで酒を酌み交わした人達と来ていた。3人いたおじさんの中の1人は二日酔いで動けなかった。一度、起きてまたいびきをかいていた。
「あんま観光客がいないところがエエな。地元の人が入るようなところが」
場末の食堂に入ったが、ここも観光客でいっぱいだった。海鮮丼の精算はおじさんがしてくれた。ありがたくご馳走になった。
おじさんと別れた僕は函館から一路、道央地方を目指した。 続きを読む: 雨、ときどき晴れ

函館の夜に。

「台風は北海道には来ない」
その言葉を信じて台風から逃れるように本州を脱出したのだが、台風はしっかり僕を追ってきた。ベッドの横の壁板が剥がれるんじゃないかと危惧するくらいに風が壁板をノックしていた。
「今日は動けへんな」
もう一日、函館に留まることにした。その旨をライダーハウスのオーナーに伝えにいくと「連泊は1000円で良いよ」と。
「停滞やな」
バイク乗りたちも今日はステイを決め込んでいた。同じ場所に留まり続けることを停滞という。梅雨前線のことではない。停滞がひどくなると沈没になる。
船内で知り合った筑波大の青年は今日中に出発するのだと。
昼前に台風は通り過ぎていった。電車もボチボチ動き始めた。函館駅に彼を見送りにいった。
「また札幌で会えたら良いね」
短い別れの挨拶と握手を交わした後、彼は券売機の方へと歩いていった。 続きを読む: 函館の夜に。

グッドバイ、本州

「アカン、酔うてもうた」
僕は「酔う」というものは何にでも弱い。車もバイクも山も。船にも弱いということを自覚した。
甲板で潮風に打たれながら離れていく本州を見ていた。台風が迫っているからか、それとも津軽海峡はいつもこうなのか分からないが波が高くて船もよく揺れた。
四時間の航海でヘトヘトになった。
函館の港に着いた時、一人の青年が話しかけてきた。
「輪行ですか?」 続きを読む: グッドバイ、本州

To 青森

自転車のサドルは朝露で濡れていた。走り出すとひんやりとした朝の空気が僕を包んだ。昨日は夜の闇で気がつかなかった森林の緑も僕の心に心地よい風を送りこんできた。
自然の中にそこだけ人手が加えられたコンクリートの道をいく。岩手から秋田へと入ってしばらく走った頃、湯瀬という温泉郷が左手に見えた。散歩していたお婆さんに朝から入れる風呂を聞いてみると、丁寧にその場所までの経路を教えてくれた。値段は700円だと言っていた。いざ着いてみると700円では無く200円だった。僕の耳が悪いのか婆さんの滑舌が悪いのか。
500円得したような気持ちがした。温泉は弱アルカリ性で柔らかかった。四日間、風呂に入れていなかったので極楽だった。 続きを読む: To 青森

銀河鉄道の夜

風は自転車の大敵だ。盛岡で実感した。漕げども漕げども進まず、午前中に盛岡を通りすぎる予定だったのに、実際に盛岡に着いたのは昼過ぎだった。盛岡は県庁のある街としては心もとなかったが、それでもレトロティックな建造物も多く残っていて人を惹き付ける魅力があった。この街は宮沢賢二や石川啄木が青春時代を過ごした街である。そんなことに思いを馳せながら歩いていると前から神輿を担いだ人の列が現れた。地区の祭りであろう。囃子太鼓の音や地元言葉の唄。それが私の中の旅情を高めた。
盛岡を出ると北を目指し、山奥に入っていく。どこまでも続く牧草地帯。向かう方向には群青の岩手山が屹立していた。

岩手山

続きを読む: 銀河鉄道の夜

ただ春の夜の夢の如し

松島を出た僕は石巻へと向かった。震災の跡がどうなっているのかを見たかった。ひたすらに海岸沿いを走っていく。石巻で浜に行こうと思ったのだが、柵があって海には近づけない。柵の中へと続く道にはトラックの列が。防波堤と新しい道路を作っているのだった。
石巻の町中で震災を感じることができるのは地元の子供たちが作ったボードと町のあちこちで見かける「復興」の文字だけだった。 続きを読む: ただ春の夜の夢の如し

「Hello, Goodbye」

坂を下るスポーツカーの轟音に続いて地面とタイヤのすれる音が聞こえた。走り屋にとって公園のそばの山岳道路はかっこうの練習場なのであろう。さっきから何台もこの場所を行き来している。
僕は再び眠るのを諦めて公園の固いベンチに座り直した。腹が減ったので鞄から梨を取り出す。昼間に利府の直売所で買った梨だった。1つ200円で販売されていたのに、オバチャンは100円で3つもくれた。
「津波で家がなくなったんよ。」
オバチャンはポツリポツリと震災の体験を話してくれた。 続きを読む: 「Hello, Goodbye」

仙台にて

前日の夜から降り始めた雨は朝になってもポツリポツリと降っていた。郡山を出発したのは昼前だった。雨は止んだが空はどんよりと不機嫌でまたいつ感情を爆発させるか分からなかった。
郡山から福島市までは嫌になるほど上りと下りが続いた。福島から宮城の県境に向かう道はゆるい傾斜の峠だった。果樹園があって道端にも直売所が設けられていた。一つ50円の桃を食べた。キズモノだったが、そこを除けば訳もなかった。拳よりもずっと大きかった。果肉は固めだったけど、噛んだ瞬間に甘味が広がってあっという間に一つ、食べきっていた。
直売所を出て空を見上げると雲の切れ間から青空が顔を覗かせていた。スカイブルーの澄みきった空だった。
「智恵子は東京には空がないといふ」
長沼智恵子は福島の人だった。彼女が懐かしんだ故郷の空はこんな色だったのだろうか。 続きを読む: 仙台にて

「みちのくへ」

「今日は行けるところまで行ってみよう。」
カプセルホテルで朝風呂を浴びながら考えた。九時過ぎにホテルを出た。共有スペースのテレビジョンには大リーグの衛星放送が映っていた。7連敗中のロサンゼルス・ドジャースは今日も相手チームに先制点を許していた。
船橋から一路、北を目指す。千葉から茨城に入る。見渡す限り田園風景が広がっている。道は平らで整備されていて走りやすい。その田園の中に突如、周囲と全く調和しない異質な建物が現れた。 続きを読む: 「みちのくへ」