「北へ、北へ ①」

朝の光がヤンゴンの街を包んだ。往来にはTOYOTAの車が走り、椀を持った托鉢僧が長蛇の列を作った。

混沌とした東南アジアの、豊穣たる海のごときバイタリティーが朝の訪れと共にわいてきた。街を往く人々の喚声、道路脇に積み上げられた生ゴミからの臭気。脳天を突かれるような東南アジアの実感が疲労した身体に、新しい一日の始まりを告げた。

タクシーに向かって手を上げた。タクシーメーターは付いていなかったので運転手との値段交渉になる。

「10000チャット(800円ほど)だ」と運転手は言った。

「高いよ。6000(480円ほど)で行ってくれよ」

結局、8000チャット(640円ほど)で落ち着いた。このタクシーを逃すと、バスに乗り遅れるので僕が折れたのだ。

郊外のバスステーションへと続く道は早朝なので空いていた。40分ほどでステーションに着いた。

僕はミャンマー中部の海岸沿いにある町・ナパリまでのバスチケットを16000チャット(1280円ほど)で買っていた。

ナパリからさらに北部へのチケットは向こうに着いてから買おうと考えていた。

7時にバスはステーションを出た。僕の席は後部の右側、通路寄りだった。バスに持ち込んだ食パンを取り出した。一口、食べてその妙な味に違和感を覚えた。見てみるとパンにはカビが生えていた。

昨日、ストアで買ったばかりの賞味期限内のパンである。腹は減っているが、諦めるしかない。

バスは大型だったので、揺れないだろうと思っていた。出発してほどなく、その考えが誤りであると知った。

ミャンマーのバスは驚くほどに揺れる。一応、コンクリートに舗装されている所もあったが、道幅がバスの車輪より狭いのでバスが妙に傾いている。

乗客を酔わせないように冷房はマックスになっている。それでも酔う。カンボジアやラオスの酷道を経験した歴戦の勇士も真っ青である。揺りかごで揺らされる赤ん坊の時分に戻ってしまったような気分だ。シートから落ちないように必死に前の席をつかむ。

窓側の席に座る老人を見ると、平気な顔でナッツを食べていた。「老兵は死なず」である。

ただ現地の人は酔わないというわけではない。途中で少女が乗り込んできて、通路を隔てた隣の席に座った。

乗り込んできた時から不安な表情をしていたが、バスが動き出すとほどなく、備え付けのエチケット袋に「ぺっぺ」と唾を吐き出した。

僕はそれを見てすっかり酔ってしまった。次の休憩ポイントで草影に駆け込んだ。吐瀉物は酔い止め薬でブルーになっていた。

山に差し掛かると、バスの揺れは激しさを増した。天井に頭をぶつけるのではないかと思うほどに揺れる。山道は細く、険しい。バス一台でやっとの道である。他のバスとすれ違う時は大変だった。

「頼むから、滑落しないでくれよ」とミャンマーの神様に祈った。ミャンマーの、ど田舎のバス事故で邦人が死んでもニュースにすらならないだろう。

検問地点も何ヵ所かあった。警官がバス内を見回るだけのところもあれば、全員、降ろされる所もあった。ミャンマー人はICカードを携帯していて、それを一人一人、チェックされる。

外国人は僕一人なので、その度に別の所でチェックを受ける。

「Are you Chinese ?」

「残念、ヤパンだよ」

東南アジアでは中国人に間違われるコトが多い。それほど中国が身近で日本は遠い国なのか?あるいは単に僕が中国人に似ているのか?

州を越える時にも関所のような所があってチェックがかかる。ミャンマーは連邦国家であることもあって、州ごとの力が強い。

彼らは自身のコトを「ミャンマー人」とか「ビルマ人」というのではなく、しばしば「ラカイン人」といった風に州の名前をいう。

こんなところでも連邦国家と単一国家の違いが出て面白い。

夕方5時、バスはナポリに着いた。来て驚いた。そこはビーチのある観光地で西洋人がたくさんいたのである。

郊外には空港があって、飛行機で来るのだった。

ただ宿の値段もべらぼうに高い。とても僕が泊まれる値段の宿はない。レストランで安宿について尋ねると「俺の父親のホテルに泊まっていけ」と言われた。

付いていくと、それはホテルでも何でもなかった。まずベッドすらない。ただ畳の部屋にごろ寝である。もう他の宿を探す気力もない。

「なんぼで泊めてくれるの?」と聞くと、「10000チャット(800円ほど)で良いよ」と平然と言われた。

冗談じゃない。800円もあれば、他の国ならシングルルームか、上手くいくとダブルルームである。

切り崩しにかかるも、まったく値段は変わらない。

「どうせ一泊だ」と10000チャットを支払った。

ただ不思議なモノでそのおじさんは悪い人ではなかった。バスチケットを頼むと、あっさりミャウー(Mrauk U)までのそれを手配してくれた。

夕食を食べに出かけた。夕食後、あの部屋に帰っても仕方がないので、海で夜風にあたりに行った。

夜の海を見ながら、「遠くに来てしまったな」とふと思った。そうして、これから自分がロヒンギャの村に行こうとしているのだと強く実感した。にわかに恐ろしさで身体中が震えた。まだ引き返せると意識の上では認識した。だが僕はもう引き返せない。

第20話 「北へ北へ②」

https://dokushoplacecom.wordpress.com/2018/05/02/485/?preview=true

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国境で引き裂かれる二人

僕たちは一人50万ドン(2500円ほど)を支払って、ベトナム・サパからラオス北東部の町・Muang Khuaへのチケットを受け取った。17時間の越境バスの旅である。

夕方6時にバスは出発した。1500メートルの地にあるサパからのバスである。過酷な山道が続く。乗客を揺りかごの赤ん坊の如く揺らし、スリーピングシートから振り落とす。枕は座布団で固く、眠れない。

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