そして旅の出発地へ

「最後の花火に今年もなったな 何年経っても思い出してしまうな」

【若者のすべて フジファブリック 作詞・作曲 志村 正彦】

旅の中で何度も聴く曲がある。若者のすべてはそんな曲の1つになった。日に何度も飽きることなく聴いていた。旅を終えてからも時折、この曲を聴いては旅を思い出してしまう。

匂いから潜在的な記憶を想起することを著名な小説に由来して、プルースト効果と呼ぶそうだが、音で記憶を辿ることは何と言うのだろう。

若者のすべてを聴く度に、僕はプノンペンの生暖かい空気や、メコンデルタの生命力溢れる森林を現に目の前にあるかのように思い出すことができる。氷の溶けたカルピスのように旅の記憶が薄まってしまう前に僕は喚起をもよおす原液をグラスに注がなければならない。

共にロヒンギャの村をまわったR君とヤンゴンで再会した。僕よりも一足先に彼はヤンゴンに航空機で戻ってきていた。

R君はヤンゴンから直接、日本に帰国する。僕は一度、バンコクに寄ってから帰国する。

別れの前日は食事をした後にコンビニでそれぞれ瓶ビールを買い、独立広場の芝生に座り込んだ。

昼間の独立広場

近くでは野外音楽フェスティバルが催されていた。洋楽にミャンマー語の歌詞を付けているのだろうか、不調和な曲が演奏されていた。それでも若者は大いに盛り上がって、ヤンゴンの夜を揺らしていた。
酒を半分ほど飲んだところでR君が言った。
「今日のビールはなんだか不味いね」
確かに硫黄のような変な風味だけが鼻について、とても飲み切れるモノではなかった。
「旅の終わりという心的要因に起因するのかな? それとも本当にまずいのかな?」
結局、僕たちは半分ほど残ったビールをグレーチング(道路排水溝)から地球の底に流した。
R君とは日本での再会を誓い合って手を振った。

翌昼、僕はヤンゴンからタイの首都でバンコクに飛んだ。バスや列車を用いても良かったのだが、陸路では丸一日、かかってしまう。空路では2時間でバンコクに着く。
値段で言うと陸路では4000円。空路では6000円と大差なかった。
ヤンゴン国際空港は小さな空港であったのでその分、搭乗手続きも容易に終えた。
同便にはお坊さんの集団が乗っていた。待合室では空港職員の一人一人がお坊さんの前でひざまずいた。その様子は崇高というか、不思議な感慨をもよおすものがあった。仏教国にある文化的一面よりは、仏教の加護に依る人々の妄信的な姿に胸を打つ純真さを感じた。

2時間のフライトの後に飛行機はバンコクのドンムアン空港に着いた。ドンムアン空港は2ヶ月前に東南アジアをまわる旅を始めた地である。ただ空港に降り立った時の心境は2ヶ月前と今ではずいぶん異なっていた。
前回は困惑と驚きを感じていたが、現在の心境は安寧だった。雨季が近づき、空気の中にも若干の水滴を含んでいるように思える。そのシットリとした感じが、すなわち僕の心を表していた。

旅の初めに泊まった宿へと戻ってきた。悲しいかな、ホテルのスタッフは僕のコトを忘却していた。

前回と同じドミトリーの部屋をあてがわれた。2段ベットの上段に横になる。

「あぁこの感覚だ」と僕は息を漏らした。窓外では、さっき降り始めた雨が本降りになっていた。水滴が窓を打ちつけた。それは春の雨というよりもスコールに近かった。

バンコクの夜に降るスコール

1つの季節が終わることを如実に感じさせる雨だった。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中