シットウェのロヒンギャ②

ラカイン州の州都・シットウェの郊外にロヒンギャの地域があるという。報道によると、2012年以降12万人が暮らしている。

町中でその場所について、尋ね歩いた。

携帯ショップで女性店員に案内を請うた。

「ロヒンギャの村はどこにあるのですか?」

店員の頬に怒気を含む、紅線が入った。

「ロヒンギャと言わないで」

ロヒンギャとはラカイン州に住むムスリムの自称だった。仏教徒はロヒンギャという言葉を認めていない。彼らはロヒンギャを、ベンガル人という意味の「ベンガル」や「バングラ」という言葉で形容する。

ここまでダイレクトに拒絶反応を示されたのは初めてだった。僕はムスリムと言い換えた。

尋ね歩いて、郊外にあるロヒンギャの住む地域の場所が分かった。

ホテルに帰り、南京虫の駆逐されたベットで横になると、疲労に寝酒も加わってすぐに意識は遠のいた。

東南アジアの朝は早い。薄暗い中で街は鼓動を始める。不断に動く日本で育った僕には、はっきりと朝夜の境がある東南アジアが新鮮に思える。

シットウェは海に面した街である。僕の泊まるホステルからも300メートルほどの距離だった。

漁船が港に集結していた。水揚げされた魚は街へと運ばれる。

自転車を借りて、aboutな地図を頼りにロヒンギャの地域へと向かった。

村の入り口には、立ち入り禁止の看板と交番が立っていた。なに食わぬ顔をして自転車で交番の横を通ると、以外にも止められなかった。

村は東西に走る列車の線路と平行して、途切れ途切れにいくつもある。道から奥へと村が広がっている。

最初の村は、村人の話によると4500人が住んでいる。村の人の仕事を尋ねると、大体がFarmerかFishmanだそうだ。

並べられる干し魚

村には異臭がする。原因はそこら中に捨てられたゴミである。

この村にも子どもが多くいた。空き地では10人くらいの子どもがサッカーに興じていた。

僕もそこに加わった。使用しているのはサッカーボールであるが、かなりボロくて空気も抜けている。蹴ってもフニャリとする。それでも子どもは真剣に球を追いかける。

子どもたちと別れて、さらに道を進むと新たな村に着いた。

「テーション・ラタマ」というのが2つ目の村の名前だった。ここには6000人を越える人が住んでいる。

ある男性は4年前に他の村から移り住んできたそうだ。

「いつか生まれ育った村に帰りたい」と語った。

…つづく

「シットウェのロヒンギャ ③へ」

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