美しきミャウーの町

「地面が揺れている。地震だろうか」

それで目を覚ましたが、地震ではなかった。往来を通るトゥクトゥクの振動が、道路脇で眠る僕に地面を通じて、響いていたのだった。

「ヘッシュン、ヘクシュン」とくしゃみを6度、繰り返した。砂ぼこりが僕の身体中の気管を犯していた。

くしゃみをしている間に頭がハッキリとしてきた。昨日の夜中、僕はラカイン州北部の町・ミャウー(Mrauk U )に着いた。疲れ果てていた僕は、そのまま地面で寝てしまっていたのだった。

慌てて、身の回りを見る。

「荷物、盗まれてへんやろか」

大丈夫だった。まだ空は薄暗い。時計の短針は5時を示している。

「なんだ2時間しか寝ていなかったのか」

だんだんと往来に人が増えてきた。人々が奇妙なモノを見る目を投げてくる。立ち上がって、服の砂を払い、人々の列に付いていくと、市場があった。野菜や果物、川魚が並べられていた。

そこが町の中心なのだろう。

「小さな町なんだな」と思った。

ホステルの前に戻ると、シャッターが開いていた。昨日は結果的に宿泊予約を反故にしてしまったので、申し訳なく思っていた。

そのことを詫びて、場合によっては昨日の宿泊代を代償しようと思った。

そうして「今日こそはちゃんとしたホステルに泊まるのだ」とロビーに入った。小学生に見える少年がロビーを預かっていた。僕に気がつくと、奥に入り、ホステルのオーナーである父親を連れてきた。

「今日、泊まりたいのですが」

僕を一瞥してから、おっさんは威厳たかに言った。

「ウチは外国人を泊めないポリシーなので。どうぞお引き取りを」

「そんな……。昨日、予約していましたよ。それにほら」と僕はロビーの上の時計を示した。「Paris. New York…」と世界中の都市の時間が示されている。外国人向けのホステルでよく見るタイプの時計だ。ちゃんと「Tokyo」もある。

「ダメなものはダメだ。泊めない。帰れ」

そこまで言われて、宿泊するのも腹が立つ。他の宿を探すことにした。

朝が早すぎたこと、それから僕の服が砂だらけで汚かったことを嫌われたのだろう。

町中に出て、目についたホステルに片っ端から入るが、どこに行っても「Local people only 」と返ってくる。本当に「外国人お断り」のホステルもあるようだ。後に聞いた話では小さなホステルには外国人を泊めてはいけないそうだ。

警察から「外国人を泊めたのか」とお咎めを食らうこともあるらしい。

人に聞き回り、着いたホステルは一泊25000チャット(2000円ほど)だった。

「アカン。高すぎる」

ミャンマーのホステルはどうしてかくも高いのか?

やっとのことで一軒のホステルにたどり着いた。恰幅の良い、タンクトップを着たおじさんがオーナーだった。

「今日、泊まれますか?」と聞くと、人懐っこい、それだけで人柄の分かる笑顔で「OK」と言った。

部屋はシングルルームでシャワーやトイレも付いていた。値段は10000チャット(800円ほど)だった。試しに値下げを頼むと「実はいくらが相場か知らないんだ。いくらで泊まりたい?」と聞いてきた。

「それなら8000チャット(640円ほど)で」と言うと、その値段になった。

シャワーで砂を落とし、服を手洗いして干した。それからベッドで横になった。疲労がその代償に心地よい睡眠をくれた。

起きると日はすっかり高くなっていた。夜明け過ぎから眠ったので、およそ5時間、寝ていた。

明晰になってくる意識の中で、ほどよく体内に漂う倦怠感が僕に思考させた。

「ロヒンギャに会えるだろうか?もし会えたら、どんな風に接すればよいだろうか?」

僕がしようとしていることは、他人から見ると「ジャーナリスト気取りのバカな大学生の自己満足」である。

「軽薄な冒険心や、自分のヒロイズムを満たすために来たのではない」

またカンボジアなどで見た日本人のように「他人にたいして卑屈な、哀れみの目を向ける」

それだけはしたくなかった。僕は未熟である。ただ目の前の人を、あるフィルターを通すのではなく、自分の目で見て、話をしたいと思った。

ここからは危険を伴うコトもあるだろう。僕はこの国では当然ながら「外国人」である。海外において、警察は守ってくれる存在ではないのだとプノンペンで思い知らされた。

ことにミャンマーである。

「ランボー 最後の戦場」という映画がある。シルヴェスター・スタローン扮するランボーが、少数の傭兵を引き連れて、ミャンマー軍の一個中隊と戦うというハチャメチャなストーリーである。映画の中で、少数民族に対するミャンマー軍の暴虐無人ぶりが徹底して描かれている。もちろんアメリカ映画として脚色は加わっているのだろうが「火のないところに煙は立たない」

ロヒンギャ問題はミャンマー政府にとって、極めて不都合な部分である。ここからの行動は慎重を期する。

腹が減ったので、部屋を出た。ホステルのおじさんが「起きたのか。どこに行くんだい」という目を向けてきた。

「町でご飯を食べてくるよ」

ホステルの横の商店で買ったジャムパンを片手に町へ出た。外国人がいない静かな町だった。外国人が珍しいのだろう、屋台などでも興味を持って接しられた。

ミャウーは古都だった。かつて存在したアラカン王国の首都として、15世紀から300年以上、栄えたのだった。

バイクタクシーの運転手も「ここ(ラカイン)は1つの国だったんだよ」と言っていた。

ミャウーにはあちこちにパゴダ(仏塔)があった。夕暮れ時に小高い丘に登ると、パゴダが夕日に照らされて美しかった。「外国人観光客も居ない、こんな美しい町が残っていたのか」と感動した。

交通の便がよくなれば、観光客で溢れかえるのだろう。そうならないで欲しい。

ただ僕の主たる目的は観光ではない。ここからの旅はそれまでのモノとは違う意味を持ってくるだろう。

翌日に備えて、目一杯夕食を食べ、早めに寝た。

第22話 「ロヒンギャの悲しみ ①」

https://dokushoplacecom.wordpress.com/2018/05/04/333/?preview=true

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