北へ、北へ ②

あらすじ

ロヒンギャの村を目指す僕はひたすら北へと行く。道は荒れていて、バスも揺れる。ヤンゴンから1日かけて、海辺の町・ナポリに来ていた。

レストランのおじさんが予約してくれたバスは朝の11時に出るモノだった。思いの外、早くに起きてしまった僕は海辺を散歩して時間を潰した。一人の白人女性が砂浜にマットを敷いて、ヨガをしていた。その動きが面白かったので、マネをしていると怪訝な目を向けられた。

予定の11時になってもバスは来ない。バックパックを玄関前に置いて、子どもと遊んでいた。

子どもが頬につけているのは「タナカ」という化粧品だ。樹木をすりつぶして、水と合わせペースト状にしたものである。ミャンマーではどこでもタナカを見ることができる。女も男も年寄りも子どももタナカをつけている。日本人が連想する「田中」とどのような関係にあるかは知らない。

タナカは日焼け防止に効果があるそうだ。日本の淑女方もどうだろうか?

やっとのことでバスが来た。バスといってもこの日のそれは、20人くらい乗りの小型バスだった。

通路にもプラスチック椅子を並べて、限界まで乗客を乗せる。ぎゅうぎゅう詰めになったところをクーラーで冷やす。ちらし寿司になった気分である。

この日は平地を行くので、バスは揺れないと思っていたが、見事に裏切られた。

バスはほどなく「稲葉ジャンプ」を始めた。車酔いに苦しみながら幼時にテレビで見た、札幌ドームの景色が脳裏に映った。

休憩地点の度に草影に走った。現地の人も同じように苦しんでいた。胃薬代わりにコカコーラを飲んだ。

車酔いに加えて、座席も悪かった。座席下の燃料タンクが膝くらいまであったので、常に体育座りのような体勢を余儀なくされた。足は伸ばせず、たまに立とうとするのだが、天井が低いので頭をぶつける。

無理な体勢のせいで、積年の膝痛だけでなく、腰や首も痛む。この苦しみを紛らわせようと、下唇を噛んでいたら血が出た。

おまけに腹が痛くなってきた。バスが止まるのは4.5時間に一回である。こんな絶望的な気持ちになるのは、中学生の時に野球チームで真夏下に半日間、正座させられ続けた記憶以来である。

何を好き好んで、こんな辺鄙な所に来てしまったのか。しだいに日が暮れてくる。バスはまだまだ着かない。いつ着くのか皆目、見当がつかない。苦しみは続く。無の境地を目指すしかない。

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、ありがたやありがたや」

そんなことを思っていると、本当にスピーカーから念仏が流れてきた。さすがは仏教国である。

道はいっそう細くなる。街灯もほとんど無いので、車のヘッドライトだけが頼りである。なんだかバスが左右に揺れている。運転手が半寝で運転をしているのだろうか。

そうなっても仕方がない。なんせこの運転手は15時間、ハンドルを握り続けているのだから。衣笠祥雄もおどろきの鉄人ぶりである。

夜中2時、いきなりバスが止まり、降ろされた。

「ミャウー(Mrauk U )に着いたぞ」

「ホンマかいな。こんなど田舎なんけ?」

他に降りる乗客はいない。バックパックと僕は道端に捨てられてしまった。

どうにか予約をしていたホステルの前に着いた。確かにそのホステルで合っているようだが、門は硬く閉められている。午前2時を過ぎていたので、まあ当然だろう。

「Excuse me 」と声が枯れるくらいまで叫び続けたが、門は開かない。

2階から煌々と光が漏れていて、赤ん坊がハイハイをしているのが見えた。ホステルのオーナーである両親は寝てしまったのだろう。

仕方がないので諦めて、道路脇に座り込んだ。しばらく本を読んでいたが、15時間のバス旅は相当、体にこたえていた。道路上であるが、寝袋を敷いて寝転んだ。隣の公園に野犬の集団がいた。その遠吠えに恐れを抱きながら、だんだんと意識が遠のいていくのを感じた。

第21話 「美しきミャウーの町」

https://dokushoplacecom.wordpress.com/2018/05/03/111/?preview=true

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