ヤンゴンの宵闇

ヤンゴンはミャンマーの首都ではないが、実質的には首都的な役割を担っている。

泊まった宿は一泊8000チャット(640円ほど)とこの旅の中では高級宿だった。ミャンマーの宿は「高い」そして「不潔」であることが有名である。

観光地として開拓されていないので、宿自体の数が少ないからだとエティーン君に聞いた。

お金を出せば良い所に泊まれるそうだが、貧乏旅行者にはつらい。

昼前にホテルのロビーでバスの手配を頼んだ。部屋は汚いが、スタッフは親切である。

僕はロヒンギャの住む、ミャンマー北西部・ラカインの州都・シットヴェに行ききたかった。ホテルのおじさんは懇切にいろいろなバス会社を当たってくれた。メニューの行き先としてシットヴェはあるのだが、チケットを売ってくれない。

ミャンマーの暗黒部であるロヒンギャ問題を外国人に見せたくはないのだろう。とりあえず行くことができる一番、北までのチケットを買った。

ヤンゴンの街に出てみると、植民地時代に作られた西洋作りの建物が立ち並んでいた。新聞屋では国家顧問であるアウンサン・スーチーの顔写真が一面に載っている新聞があった。

民主化のヒロインであるスーチーもロヒンギャ問題では国際社会から非難の矢面に立たされている。

スーチーは国民の中でかなり支持を受けている

公園ではセパタクローの試合をしていた。東南アジアではよく見る風景である。

街が夕闇に包まれると、あちこちでマーケットが開かれる。何かを焼く良い臭いに引き込まれて、思わずマーケットに足を踏み入れてしまう。

サトウキビを削り、ジュースを作るおじさん

さんざん迷った挙げ句、カレーのようなモノを食べた。ミャンマーではだいたいこれを食べていた。どこにいっても値段は2000チャット(160円ほど)くらいで、量はかなりある。いつもよく分からない辛い葉っぱがついてきた。何度かそれの名前を聞いたが、最後まで分からなかった。

満腹感も手伝って、恍惚とした気持ちで歩いていると、幾匹かの野犬が僕の前に現れた。夜の野犬ほど恐ろしいモノはない。逃げると付いてくるので、逃げてはならない。威嚇しながらヤンゴンの裏道を歩いて、ホステルに帰った。

翌日は7時のバスだった。バスターミナルまで40分かかることを考えると、6時にはホステルを出なければならない。

この先にどんな道が広がっているのか。はたしてロヒンギャの人々に会えるのか。ややもすると去来する不安を必死に押し返しながら床に着いた。

第19話 「北へ北へ①」

https://dokushoplacecom.wordpress.com/2018/05/01/「北へ、北へ ①」/?preview=true

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