一路、ビルマへ

シャッターが上げって、バスターミナルに光が満たされた。バスもだんだんと集まってきた。朝が来た。

AM7時。3キロ先にあるミャンマーとの国境に向かって歩き始めた。朝の陽気を吸い込んで、意気揚々と歩く。一直線の道である。遠くの国境ゲートはかすんで見えた。僕の横を隣国へ行く人々が、トゥクトゥクで追い抜かしていく。

路傍の食堂で朝食を済ませ、国境に着いたのが、8時半まえだった。この旅で5度目の陸路国境越えである。さすがに慣れたが、パスポートにスタンプを貰うときには緊張がある。

出国は簡単にスタンプをくれた。国境に架かる橋(The Friend Bridge )があった。橋上に乞食がいたことには驚いた。乞食には国境がない。国を隔てる川をボートが渡っていた。密入国であろうか、堂々としたものである。橋を越えるとミャンマー関所があった。それは小さな小屋だった。規模は小学校の校長室といったところだった。名前を書き、パスポートを見せた。それから2.3の質問に答えると入国スタンプを押してくれた。あまりに容易だったので腰を抜かしそうになった。

国境を越えた人はたいがいヤンゴンに向かうのだろう。いくつかのバス会社があった。呼び込みのおじさんが「日本人がいるぞ」と言ったので、付いていくと昨日の早大生3人がいた。

「おはようございます。また会えましたね」

僕はホッとした。バスの時間は9時半だった。

「まだ一時間もありますね」と僕が言うと、「一時間半あるよ」と返ってきた。

「ほら」と腕時計を示すと、笑われた。

「時差、時差」

タイとミャンマーでは30分の時差があった。やることがなく暇だったので、早大生と国境の町であるミャワディを探索した。道路沿いはキレイであるが、一歩、路地に入ると凄まじい臭気がした。

9時半になるとトゥクトゥクが迎えに来た。もちろんトゥクトゥクでヤンゴンまでは行けない。俵物が積んでいる小屋に連れていかれ、そこで待たされた。

俵の上でスマホを持った3歳くらいの少年がアニメを見ていた。大筋のストーリーは「3匹のこぶた」であったが細部は日本のそれとは違った。やはり国々で改編されるのだろう。伝えているメッセージは勧善懲悪で、正義を基調としていた。このアニメを見て正直に育った少年が、人道的な問題で世界から非難を浴びている祖国をどう考えるのか。

バスはボロだったが予想の範囲内であった。Wi-Fiなどはもちろん無いので暇である。もう眠るしかない。良い具合に道が荒れていて、バスが揺れるので直ぐに眠れた。

12時間後、ヤンゴンに着いた。時刻は23時を回っていた。バスターミナルから街の中心部までは15キロある。なぜにこんな遠くにバス停を作るのか?

早大生3人とタクシーで中心部まで向かった。4人で10000チャット(800円)だったが、僕は手持ちの金が足りなかった。早大生が足りない分を出してくれた。

「京都に来たら、お声かけくださいね」

彼らとは本当にお別れだった。志しの高い良い人たちだった。いつか建築家として名を立てられるのだろう。

夜中であったが、予約していたホステルは明かりが点いていた。水風呂であったが、長い旅路の後に浴びるシャワーは気持ちが良かった。体から流れる水は赤黄色の土色だった。昼前までぐっすりと眠り続けた。

第18話 「ヤンゴンの宵闇」

https://dokushoplacecom.wordpress.com/2018/04/30/492/?preview=true

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