最後の晩餐

ルアンパバーンからラオスの首都・ヴィエンチャンへは12時間の夜行バスであった。このバスでそれぞれ同志社と龍谷に通う二人の大学生と出会った。

ラテライト色の道を夜行バスは行く。振動が誘う眠気に身を任せた。

車窓から漏れる光で目を覚ました。エティーン君がカーテンを開けたのだった。

「着いたみたいだよ。ヴィエンチャンに。」

スマホの液晶画面はAM6時を示していた。バス停から町までは距離があった。乗り合いバスでホステルの前まで行く。一泊5ドルで朝食付き。僕たちと同じようなバックパッカーが宿泊客の大半だった。

この日が二人で旅をする最終日だった。明日の朝、エティーン君はNGOとして働くキルギスへ二日がかりで帰っていく。僕は失念していた。二人の旅が終わることを。

チェックインの時間まで荷物を預けて、僕たちは街の中心部に向かった。一国の首都のわりに、小さな街だった。フランスの凱旋門を擬したオブジェがあった。華やかさを感じさせるモノはただそれだけだった。

中心部からは郊外に向かうバスが出ていた。日本から贈られたバスを使用していた。

画用紙を折り曲げたようにカクカクのボディ。若草色のペインティング。濃緑の線。懐かしい京都市営バスがヴィエンチャンに走っていた。

そのバスに乗って僕たちは「ブッダパーク」というありがたみの感じられない名前の仏教遺跡へ。ブッダパークはルアンパバーンで会った北海道の大学生に勧められた場所だった。

入場料を払いブッダパークに入る。さながら石像のテーマパークであった。寝仏像やそれから奇怪な姿をした仏像も。思い思いの体勢で固まったのではないかと妄想した。

この旅で見たアンコールとはだいぶ趣が異なっていた。

川の匂いがした。ブッダパークのそばに黄濁した川があった。川べりにある小屋で僕たちはマンゴージュースを飲んだ。そうして若い話をした。

その夜はフランス料理屋へ行った。この2ヶ月で間違いなくもっとも高価な食事だった。それでも一人1500円ほどだったが。本場・フランス出身のエティーン君も舌鼓をうっていた。

ゲストハウスに帰ってから一本の瓶ビールを二人で分けた。その日は一本で止めにした。

最後の夜、アルコールに熱しられた頭で話したくはなかったからだ。日が変わるまで語り続けた。

第14話「La vie c’est magnifique」

https://dokushoplacecom.wordpress.com/2018/04/19/「la-vie-cest-magnifique」/?preview=true

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最後の晩餐」への2件のフィードバック

  1. 生涯の友人が出来ましたね。もう帰国しましたか?2人の写った写真
    とっても素敵です。日焼けして旅を通して逞しくなったように思います。

    1. コメントありがとうございます❗
      4月4日に帰国しました。
      もう学校も始まっています。
      彼と出会えたことは本当に良かったです。

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