さよならトモダチ

プノンペンからベトナムのホーチミン(サイゴン)までは直行バスが出ていた。さして問題なく国境を越え、ベトナムへ。

サイゴンで一晩、過ごした後、ベトナム南部にあるメコンデルタ最大の町・カントーを目指す。

農村をイメージしていたが、カントーはかなり大きな町だった。Y君と僕が町でさ迷っているとバイクに乗ったおばさんが話しかけてきた。

「ホテルを探しているならウチに来な。2人合わせて10ドルで泊めてあげるよ」

路地をくねくねと曲がった先には、瀟酒な洋館があった。部屋にはエアコンが付いていてお湯も出た。値段も2人で10ドルとそれほど高くない。僕たちはガッツポーズをした。

カントーにある寺院にて
「お茶を入れてあげたから」

そう言われて階下に行き、お茶をいただいた。宿が見つかった安心感に寝不足が加わってウトウトとしてきた。

前日、僕たちはサイゴンでサークルKの2階にあるフードコートで一晩を過ごした。プノンペンで知り合ったベトナムの大学生と盃を交わしたこともあって、花札を1ゲームした後、すぐに眠ってしまった。

僕は日本の夢を見ていた。生駒山には若草が萌え、満々と水量を湛える寝屋川はゆったりと流れていた。

「もう少しで日本に帰れる」

その瞬間、誰かが僕の肩をたたいた。目を開けて振り返ると、アフリカ系の男が困惑や怒りなどの感情をミックスした目で僕を見ていた。

その男は僕たちが花札をしている時に隣のテーブルに来た男だった。

「俺の携帯を盗んだ奴を知らないか?」

もちろん身に覚えがない。

「知らないよ」

僕たち以外の眠っていた4,5人も起こして事情聴取を始めた。午前3時から大捜索が始まるが男の携帯は見つからない。

試合に負けて夏が終わった高校球児のように、頭を抱えこんでいた。男と一緒に防犯カメラを確認してみると、しっかりと携帯をすられた瞬間が映っていた。

この騒動のせいで僕たちは寝不足だった。午睡へと誘われて負けそうになった時、宿のおばさんが口を開いた。

「明日の朝のボートツアーに行くでしょ?」

僕たちにはそんな気持ちはさらさらない。

「面白そうですね。でも結構です。お金ないんで」

「ボートツアーに行かないなら、あなたたち、この町で何をするの?」

おばさんの目にはボートツアーに行かない観光客は怪訝に映るようだった。再三の誘いを断っていると、おばさんは言った。

「ツアーに行くと思ったから泊めてあげると言ったのよ。行かないなら出ていって」

「いや普通になんでやねん」

僕たちは関西弁で怒るも、抵抗空しく追い出されてしまった。

川べりに立つ家
次にトライした宿もボートツアーを断ると泊まらせてくれなかった。2日連続の家無き子を決めかけていた時、Y君の携帯電話が鳴った。

それはY君の身内のご不幸を告げる電話だった。こうしてY君の緊急帰国が決まった。

20日間を共に旅した友達が帰ってしまう。ここからの旅は一人である。悲しいが涙は拭いて笑顔で別れを告げよう。

Y君の乗ったバスが走り去っていく
「今日よりや 書き付け消さん 笠の露」 松尾芭蕉

ここから本当に未知の旅が始まるのだ。

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