Beyond border

サメット島を離れた僕たちはミニバスを乗り継いでタイとカンボジアの国境に向かった。ミニバスというと小さなバスを想像されるかもしれないが、そうではなくライトバンのことである。

田舎になると国道であってもろくに整備されていない。ライトバンは赤い砂埃を巻き上げながらひたすら東へと進む。

カンボジア側から見たタイ国境

国境は案外、簡単に越えることが出来た。必要なのは1500パーツ(5000円ほど)とパスポートだけであった。

ただ国境を越えた瞬間、車道の向きが反対になったことには驚いた。タイでは日本と同じく左側通行だったのが、カンボジアでは右側通行になった。

フランスの支配下にあったことが如実に感じられた。

カンボジア側の国境にあたる町には、夢を売るカジノ施設が立ち並んでいた。

国道の町にはカジノ施設が多い

ここからカンボジア第二の都市・バッタンバンを目指す。国境からはおよそ70キロ。タクシーやミニバスの相場が分からないので「エクスペンシブ」を繰り返している内に町を通り過ぎてしまった。

Y君に変なスイッチが入って、70キロを歩くと言い出した。「よしそれなら」と歩き出したのだが、何といっても炎天下。すぐに疲れて途方にくれてしまった。

その時、前方のガソリンスタンドから手を振る人の姿が見えた。近寄ってみるとサングラスをかけた男性が立っていた。僕たちが「本当にお金がないからバッタンバンまで歩くんだ」と言うと「おいおい冗談だろ。死んでしまうぞ」と白い歯を見せた。

「とりあえず僕の家に来なよ」と言って、車に乗せてくれた。

その人は名前を李さんといった。中国出身で職業は教師だった。奥さんはカンボジアの人で同じく教師をしている。

車に乗せられて、20分ほどで李さんの学校に着いた。小さな学校で李さんは校長先生兼中国語の先生であった。この学校ではカンボジア語での授業の他に、英語、中国語、韓国語を教えている。近い内に日本語の教室も開く予定である。

英語の授業の様子

5,6歳の子供から大人まで幅広い年齢層が机を並べて李先生の授業に聞き入っている。

新設される日本語クラスの先生になるという青年に会った。26歳で昼間は銀行員をしながら、夜は携帯アプリなどを利用して、日本語の勉強を続けているという。

青年の日本語ノートはボロボロになるまで使い込まれている

決して流暢といえる日本語では無かった。独学では発音練習が難しいのかもしれない。それでも異国の青年が日本語を勉強していることに感慨を覚えずにはいられなかった。

夜ご飯も李先生にお世話になった。カンボジアの麺料理。メニュー名は忘却してしまったが、ベトナムのフォーのようで美味だった。

その席上、「なぜ、僕たちを助けてくれたのか?」と李さんに尋ねた。

「困っている人を助ける。それがキリスト教の精神なんだよ」と李さんは答えた。李さんは敬虔なクリスチャンだった。

「多くの中国人は日本のことを嫌っているかもしれない。それでも僕は君たちを嫌っていないよ。対立はGovernmentの間だけのことであって個人には関係ない。悲しい歴史はあった。それでも僕たちは新しいモノを作らなければならないんだよ」

翌朝、僕たちは李さんと別れ、バッタンバンを目指し、旅立った。

第7話 「アンコール・ワット」

https://dokushoplacecom.wordpress.com/2018/02/20/アンコール・ワット/?preview=true

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