カオサンにて。

奇妙な夢を見た。何かに抑圧されて、何かが崩れいくような。電気を点ける。朝だろうか夜だろうか。一日中、部屋は薄暗いので判別がつかない。

隣のベットの男は寝息を立てて、赤ん坊のように眠っている。カーテンで閉ざされた窓の隙間から、うっすらと光が漏れる。推測するに夕方のようだ。

枕元には一冊の本がある。

「戦場の村」 本多 勝一

ベトナム戦争を取材したルポである。街の古本屋に置いてあった数少ない日本語の本だった。さっき見た奇妙な夢はこの本に起因しているに違いない。

筆者はベトナムに赴き、戦禍に苦しむ民衆に目を向けた。

「どこが戦場ですか?」

作家の開高健が述べたように、農村部を含めた全土で戦争が繰り広げられた。

多くの民衆が殺害された。どの戦争でも一番に被害を被るのは民衆だ。誰がために戦争は行われるのか? 筆者の怒りが抑えた筆からも感じられた。

その本を手にとって再び読み始めるが、目は活字を追うだけで頭に内容が入ってこない。

部屋にクーラーは無かった。タイでは2月一番、過ごしやすい季節とはいえ、空気のこもった部屋は蒸し暑かった。

東南アジアの倦怠の奥底に沈みこんでいく。自己の存在が棒天秤にかけられたように不安定に思える。

宙ぶらりんの自尊心と軽薄な羞恥心。遥かな理想と赤裸々な現実。

煩悶を頭から葬るには眠ることが一番だ。もう一度、目を瞑って眠ろうとする。

どれくらい時が経っただろう。連れのY君がドミトリーのカーテンを開ける。

「夜飯、食いにいこか」

カオサン通りはバンコクの中でも大きな通りだ。土産物屋や屋台が並んでいる。

レストランからは爆音が流れている。観光地ではあるが、日本人は少ない。

通り全体に異国の雰囲気が感じられて、歩くだけでも目に楽しい。ゲテモノだけを売っている屋台があって、そこでサソリを食べた。苦くてコクがある。美味でも不美味でもないが、食感は身の硬いエビのようだった。

「マリファナはどうだい」

道端に座り込む老人に話しかけられた。タバコもやったことがないのに、いきなりマリファナはハードルが高すぎる。

レストランからはイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」が流されていた。

その中の一節。

「You can check out anytime you like…but you can never leave 」

観念として離れることはできても、実際には離れることができない。カオサンはそんな街かもしれない。

第4話 「暁の寺」

https://dokushoplacecom.wordpress.com/2018/02/15/暁の寺/?preview=true

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中