惜別のラストラン

牧場のおばちゃんが戸を叩く音で目が覚めた。搾りたての牛乳を持ってきてくれた。濃厚であったけれど口当たりが良く飲みやすかやった。今日は小樽まで行く予定だった。それでこの旅は終わりだった。
東京を出た頃に旅の目的地を小樽に決めた。浅草で会ったおじいさんの出身が小樽だった。おじいさんの故郷で終えることが、この旅を象徴しているように思われた。もう一つ、小樽からは舞鶴へと向かうフェリーが出ていた。
相変わらずの曇り空だった。
「最後なのだから、晴れてくれよ。頼むから」
願いはむなしく、昼前から大粒の雨が降りだした。小樽まで60キロの町にあるコインランドリーで足止めを食らった。雨が上がり走り出す。足元を見て息を呑んだ。見上げると雨上がりの空に虹がかかっていた。それが水溜まりに映っていたのだった。
小樽へとペダルを漕ぎながら、胸の中には色々な思いが去来した。
2200キロを越える旅がもうすぐで終わろうとしている。早く終わりたいけど終わりたくない。
池澤夏樹という人が言っていた。
「(車を運転する人は)走る喜びを満喫し、それが永続することを望みながら、目的地に到着してその苦役を終わらせる瞬間も待ち遠しい」
車を自転車に置き換えると、まさにそんな気持ちだった。
人の善意に寄りすがらずに旅をする。家を出る前にそう決めていた。その姿勢はほとんど僕の人生にも当てはまっていたかもしれない。出来るだけ他者との関わりを避けて内向的になろうとしていた。
けれど、その姿勢では旅を続けることは出来なかった。行く先々で多くの人の善意に助けられた。その度に少年期に閉ざした心の襞が刺激されているのを感じた。

小樽

小樽駅に着いた頃にはすっかり夜になっていた。昭和の初めに建てられた駅舎は哀愁があって、旅の終わりを僕に強く意識させた。
「あぁ終わってしまったんだな」
そういう思いが込み上げてきた。
小樽駅の入り口前には大きな鐘が設置されていた。明治から1965年まで、列車の到着時に鳴らされていた鐘だった。上り列車の時は2回、下り列車の時は3回。
僕は白い縄を持って力強く3回、鐘を鳴らした。

小樽2

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