「みちのくへ」

「今日は行けるところまで行ってみよう。」
カプセルホテルで朝風呂を浴びながら考えた。九時過ぎにホテルを出た。共有スペースのテレビジョンには大リーグの衛星放送が映っていた。7連敗中のロサンゼルス・ドジャースは今日も相手チームに先制点を許していた。
船橋から一路、北を目指す。千葉から茨城に入る。見渡す限り田園風景が広がっている。道は平らで整備されていて走りやすい。その田園の中に突如、周囲と全く調和しない異質な建物が現れた。よく見るとお城だった。

お城

真っ白な城壁で、妙に外装は新しく、田んぼの中にポツンとある。違和感だらけの城だった。最初はいかがわしいホテルかと思った。
豊田城というらしい。
現在地が茨城からいつのまにか栃木に変わっていた。この県もまた何もない。二日経た今から考えても何の印象も残っていない。
那須高原に入ると道が上りになる。このころすでに150キロくらい走っていたので上りが辛い。おまけに霧雨のような細かい雨が路上を濡らしている。
ダラダラとした山道を上りきるとそこが白河の関だった。関東と東北をつなぐかつての関所跡。甲子園の優勝旗が越えたことのない白河の関を越えて、みちのくへとやってきた。
霧雨だった雨は本降りになってきた。福島の道は暗く狭い。時々、片道通行になる。そのくせして交通量は多い。特に北海道・東北と関東以西の都市間を走るトラックが肩元を脅かしていく。こけたら分かりやすく一貫の終わりである。
ただ交通量が多いといっても道沿いに町があるわけではない。ここはただ通りすぎるだけの場所で停留するところではなかった。コンビニとそれからガソリンスタンドを除いては何もなかった。あと、運送会社のセンターは多くあった。道理でトラックが多いはずだった。高校生の時に運送会社の倉庫でバイトしていたが、東北や北海道から来るトラックの大半が白河センターを経由していたことを思い出した。
福島に入って30キロくらい走ったころ、ようやく町の灯りが見えてきた。そこからさらに走って郡山に着いた。郡山は東北第三の都市ということだけあって都会だった。県庁のある福島より拓けているそうだった。
駅前のスーパー銭湯に駆け込んだ。その日はそこで宿泊した。サイクルコンピューターを見ると一日で227キロ走っていた。

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