東京見聞録①

「東京って大したことないやん」
そんな思いは品川を過ぎたころに打ち砕かれた。そこからは高層ビルの連続である。それでもまだ新たにビルを建設している。横には膨張できないので縦にということであろう。
あまりにビルが続くのでどこが街の中心なのか見当がつかない。
「東京は永遠に梅田くらいの街が続く」
その言葉もあながち誇張では無かったのだと知る。
東京には初めて来た。というよりも横浜より北に来ることさえ初めてだった。
東京タワーが見えた。案外小さい。拍子抜けした。タワーの前のアパホテルと変わらない。それでも調べてみると通天閣や京都タワーの三倍くらいの高さがある。周りのビルが高すぎて尺度が狂う。
左手にくそでかいビルが見えた。「森」と書いてある。それが六本木ヒルズだった。
文明の最先端に、東洋一の都市に圧倒されて、ぼんやりとさまよい歩く。交差点があることに気付き急ブレーキをかける。後輪が浮いてそのまま体が前に放り出される。頭と左半身を強打する。立ち上がれずに道路脇に倒れこむ。その横を人々がいく。僕のことを見てもそのまま通りすぎていく。
「これが東京なのだ」
何とか安全な歩道脇に逃れる。耳鳴りと頭痛がする。軽い脳震盪のようだった。急激にやってきた眠気に身を任せる。30分ばかし眠った後、ネットカフェに場所を移し三時間、横になっていると大分、楽になった。
自転車のハンドルは曲がっていたが、引っ張ると直った。手や頬に出来た傷も大したことはなかった。体の痛みはアザとなって残るだろうがそれも一時的な痛みだろうと思った。
ただ実家を出るときに母から譲り受けた腕時計の液晶画面に深い傷が残ってしまった。
東海道の終点である京都の三条大橋を出発したので始点となる日本橋に向かった。
ここで満足したら旅を終えるつもりだった。
銀座の一方通行の細い路地で正面から5台、ハイヤーがやってきた。その脇を通り抜けようとした時、スーツを着た男が両手を広げて僕を止めた。
ハイヤーが通りすぎた後、誰が通ってたのかと尋ねると「総理だ」と言われた。
ははぁ総理殿。恐れ入ります。

日本橋

日本橋に着いた。けれどそこが旅の終点だとは思えなかった。もう少し旅を続けると決めた。

浅草 

 

浅草2

浅草寺を見て、夕食を摂ってから銭湯に行った。それから上野公園で野宿をしようとした。プロの人が多くいた。
良い場所を見つけたので、そこで眠ろうと決めた。その近くのベンチでタバコを吸っている老人がいた。虫を手で払っていた。虫除けスプレーを持っていたので「使います?」と声をかけた。それから話をした。
京都から自転車で貧乏旅行をしていて、今日はここで野宿しようとしていることを話すと、「それならウチに泊まっていきなよ」と誘ってくれた。
老人は浅草のアパートに一人で住んでいるとのことだった。予想外の誘いにすかさず僕は甘えさせていただくことにした。
アパートでハイボールを飲みながら深夜まで話をした。老人は50年以上前の15の時に小樽から東京へと出てきたこと。10年以上、故郷へ帰っていないこと。一人が好きだからと縁談を断って一人で生きていくことを選んだこと。それなのに僕を家に招いてくれたこと。そのことが嬉しかった。

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