こんにちは、富士山

「あたまを雲の上に出し、四方の山を見おろして かみなりさまを下に聞く 富士は日本一の山」(童謡 作詞 巖谷小波)
「田子の浦に うち出てみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ」(山部赤人)

富士山は日本一の山らしい。それならば一生の内で一度くらい登ってみたい。

思い立ってはみたものの、僕はこの旅に半袖しか持ってきていない。靴も普通のモノだ。タイヤを買いに訪れた自転車屋の店主に富士登山について尋ねた。
「どんな服装で登れば良いですか?」
「そんな服じゃ無理だよ。死ぬよ。ちゃんと準備をしなくちゃ それに一人は絶対にダメだよ」
「ジャケットを着たら行けます?」
「ダメダメ。また来年、友達と一緒に来なさい」
エレキテル連合状態である。何を言ってもダメダメである。僕のことを思って言ってくれているのだけれど、ダメと言われれば行きたくなる。行くことに決めた。
ネットで調べてみると、富士登山は安全とも危険ともある。結局、よくわからない。
半袖では行けるわけないので、パーカーとジャケットを買う。そして5合目行きのバスに乗ってしまった。
バスが5合目に着いたのは午後9時丁度だった。酸素が薄い状態に体を慣らすために休憩室に入った。座ってキョロキョロと辺りを見渡す。きっちりと登山の準備をしている人ばかりで不安になってくる。
「この席、座っても良いですか?」と声を掛けられた。顔を上げると同年代の青年がいた。話をしてみると、彼は安部さんという方で日本大学の学生だった。年は僕の1つ上だった。単独登山だというので、「一緒に登りませんか?」というと快く了承してくれた。
六合目までは比較的に整備された道が続いた。僕と安部さんは自分たちが富士山に至る経緯を話し合った。安部さんはインドアの人だった。夏休みの思い出を作るために登るのだと。七号目から八号目に至る道が大分、キツかった。ただの岩場を手足を駆使して登っていく。僕はただの靴なので何度か膝を打ちそうになった。
八号目の途中からは道が楽になるのだが、その分、ご来光を拝むために頂上へと向かう人で道がすし詰め状態になっていた。高山病の症状で頭痛がしてきた。頭痛薬で治ったのだが、次は吐き気が始まった。九号目を過ぎた辺りで顔色は蒼白した。安部さんにはかなり迷惑をかけた。少し歩いては座り込んでしまい、挙げ句の果てにはリュックを持ってもらった。紅く染まる東雲に登山客が嘆声を上げるころになっても僕は座り込んでただ目をつぶっていた。

富士山 雲海

僕のせいで結局、頂上でのご来光には間に合わなかった。
日が出て30分後、頂上に着いた。

山小屋で一杯800円する豚汁を食べた。冷えきった体の隅々に血脈を通して豚汁が流れていった。
ニンジンが豚肉が自分の血や肉に替わるのを実感した。
記念写真を撮って、それから一回300円のトイレを済ましてから山を降りた。

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