サドルの上で考えたこと

目を閉じると、そこがどこであるのか一瞬、分からなくなる。英語、中国語、韓国語、日本語、それと知らない言語も聞こえてくる。
再び目を開けると、まぎれもなく日本である。昼間の三条大橋は人種のるつぼと化す。

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セルカ棒を精一杯伸ばし、異国語で話し笑みを交わすカップルはハネムーンであろうか。恐らく二人にとって、この橋が東海道五十三次の終点であったという事実は何の意味も持たないであろう。現代の日本を生きる私たちにとっても同じことが言える。
それでも僕がこの橋を旅の出発点としたのは、一つに旅のロマンがあった。
「あぁ今から出発するのだ」
ペダルを一漕ぎすると自由になった気がした。

「これやこの 行くも帰るも別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」
逢坂山を越え、滋賀に入った。米原までは平坦な道が続く。単調ではありながらも、飽きはしない田園風景が繰り返される。

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路傍のカモジグサが頬を打ち、青い臭いが飛びこんでくる。普段は耳を塞ぎたくなるようなツクツクボウシの大合唱も心地良く感じられる。
不思議な観念が去来し、有限な時の流れが無限にさえ思えてくる。
「何故、こんな酔狂のような旅を始めたのか」
煩わしい人間関係から、薄弱な自己から、そして心を支配するあらゆう悩みから逃れるためか。
「煩悶から逃れる一の手段は世間から解脱することだ」
夏目漱石の「野分」という小説にそのようなことが書いてあった。解脱というのは自分の信じる正しさを貫き、自己の利益のために他人の人格を曲げようとする社会の圧力に対しても屈せず、気高き理想を追求し続けることである。
漱石は学習院での講演でこのようなことも言っている。
「この世に生まれた以上、何かしなければならぬ」
それはそうであろう。一生を無為に過ごすのは絶対に嫌だ。でも何をすれば良いのか。それがよく分からない。昔、使っていたグラブケースに「何がしたい? 何ができる?」と大きく刺繍されていたけれど、そのどちらもよく分かっていない。
それでもやはり生きていかなければならないのであろう。
「実存は本質に先立つ」とはサルトルの言葉であるが、人生の意義はあらかじめ決められたものではなく、後になって初めて定義付けられるものなのかもしれない。
そういう風に思いを巡らせていると、後輪がガタガタと奇妙な音をたて始めた。
自転車を停車させて後輪を見てみると、タイヤが進行方向とは逆に向いている。朝、チューブを替えたときにミスで逆にはめていたのだ。一度、空気を抜いてタイヤの向きを変える。そうして携帯用空気入れでチューブに空気を送るのだが、廉価なそれでは30分やっても一向に膨らまない。ボブ・サップが一生、かかっても満タンには出来そうもないので自転車屋を探すのだが、5キロ圏内に見つからない。半泣きになって、スマホで「自転車の空気、入れてくれるトコロ」と検索すると、ガソリンスタンドで入れてもらえるとある。
ガソリンスタンドは目の前にあった。藁にもすがる思いで頼んでみるとあっさりと空気を入れてくれた。
結局、この一連の出来事が2時間のロスになった。
米原に着いたのは18時半だった。空は大分、暗くなっていた。今日中に名古屋まで行きたかったが、それは厳しそうだった。とりあえず大垣までは行こうと滋賀と岐阜の県境にある関ヶ原に向かってペダルを漕ぎ始めた。野宿は構わないが関ヶ原で野宿するのは嫌だった。未だにコヒマではインパール作戦で死んだ日本兵の亡霊が出るというが、関ヶ原も400年経っているとはいっても安心は出来ない。寝ている最中に落武者でも現れたら困る。
そうして何とか関ヶ原を越えて大垣に着いた。

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